Brian Wilson『Reimagines Gershwin』

Brian Wilson Reimagines Gershwin

Brian Wilson Reimagines Gershwin

安藤礼二著「場所と産霊」の冒頭に「アメリカ」について以下のように述べた箇所があります。

その大地の上には、新大陸の発見以来、そして建国以来、何人もの人々が自らの夢と希望、さらには妄想を積み重ねていった、何層にも及ぶ空想の地図が存在しているのである。
夢と現実を相互に浸透させ、両者を通底させる何枚もの地図。そうした地図の集合体、あるいは地図という多様体としてのみ成り立つ無限の空間。さらには、それら無数の地図が孕みもつすべての可能性をあらかじめ潜在的に含み込んでいるかのような巨大な空白。
それがアメリカである。
― 第一章「新世界への羅針盤」より

ブライアン・ウィルソンもまた、これまでのキャリアの中でいくつもの空想のアメリカ地図を描いてきたといえるでしょう。『スマイル』しかり、ヴァン・ダイク・パークスとのコラボレーション『オレンジ・クレイト・アート』しかり・・・そして、ここにまた一つ、ブライアンによる素晴らしい空想のアメリカの地図が届けられました。それがこの『Reimagines Gershwin』です。ブライアンが機会あるごとにガーシュインへのオマージュを表明していたことは、彼の熱心なファンなら承知していたことですし、『オレンジ・クレイト・アート』の最後の曲がまさにガーシュインの「ララバイ」のカヴァーだったこともあるので、新作のうわさに接したときは特に意外な感じはありませんでした。それどころか「ついに来たか!」と期待に胸膨らませたものです。そして、その期待は裏切られませんでした。ここでのブライアンはガーシュインの曲をいわゆるスタンダード・ナンバーのカヴァーのように扱ってるのではなく、考古学的なルーツ探求の素材として捉えているわけでもありません。ブライアンにとってガーシュインの音楽は、完全に己の血肉と化しており、また、これからも音楽をつくり続けていく力の源泉としてある、ということが冒頭の「ラプソディ・イン・ブルー」のアカペラ多重コーラスを聴いただけではっきりと伝わってくるのです。ガーシュインの未完の曲にブライアンが手を加えて完成させた「The Like In I Love You」なんてブライアン単独の新曲だといわれても全く違和感のない出来栄え。その他の曲もブライアンがこれまでの歩みでつちかったものを惜しげもなくつぎ込んだ、完成度が高くて、なおかつ聴いて無条件に楽しめる音楽となっていて、聴き終えた後はタイトルの「Reimagines」に深く納得することができるのです。単なる企画ものを超えた充実の一枚。