富樫雅彦『ブラ・ブラ』

ブラ・ブラ(完全復刻盤)

ブラ・ブラ(完全復刻盤)

私の尊敬するパーカッショニスト富樫雅彦が亡くなりました。演奏活動は既に退いていたとはいえ、その後も珠玉のような曲を生み出していただけに本当に残念です。あの独特の間、しなやかなスティックさばき、繊細きわまりないブラシ・ワーク・・・・高校の時に出会って以来、ずっと彼の音楽に魅了され続けていました。フリー・ジャズを演奏していたとはいえ、彼の音楽の根底にはピュアな歌心が流れていて、それが「スピリチュアル・ネイチャー」や「ヴァレンシア」、「ワルツ・ステップ」などの数々の名曲に結晶していったのです。また、名作『リング』をはじめとするソロ・アルバムも忘れがたい。オスティナートの手法やベルを多用して、テクニックに走らず、沈黙と沈黙の間に音をそっと置いているかのようなこれらの一連のアルバムは、富樫がいかに研ぎ澄まされた耳を持っていたのかをくっきりと教えてくれます。ひとつの音を鳴らし、それに耳を澄まし、また新たな音を響かせる―他にこのようなことを強く意識させるジャズのアルバムといえばセロニアス・モンクのソロ『セロニアス・ヒムセルフ』ぐらいしか今の私には思い浮かびません。


また、ピアニストとのデュオ・アルバムに佳品が多いのも彼の特徴といえるでしょう。盟友といえる佐藤允彦をはじめ、山下洋輔菊地雅章、リッチー・バイラーク、ポール・ブレイetc。いずれも緊張感の中にはっとするような美しい瞬間が煌く音楽でした。


そんな中にあって、今回取り上げたアルバムは珍しくくつろいだ雰囲気を(もちろん単純にリラックスさせるものではないのですが・・・)感じさせる作品です。音楽活動30周年を記念したツアーの模様を収めたライヴ・アルバムで、富樫に加えてスティーヴ・レイシードン・チェリー、デイブ・ホランドといった強力なメンバーによる演奏です。スティーヴ・レイシーは富樫との共演作をいくつか残しているし、ドン・チェリーは富樫が尊敬していたのでこの2人についてはなるほど、といったところでしょう。やや異色なのがデイヴ・ホランド。当初はチャーリー・ヘイデンの予定だったのですが、スケジュールが合わずに彼になったそうです。しかし結果的にはこのデイヴ・ホランドの参加が吉と出ました。レイシー、ドン、富樫とフリー・ジャズの第一人者3人に囲まれつつも、デイヴは堂々と力強い音色でウォーキング・ベースラインを繰り出していくのです。これに富樫も4ビートを意識したシンバル・ワークを絡めることで、いわゆる普通のジャズと微妙な接点をもった独特の音空間が広がっていくのを感じることができます。思索的なレイシーと軽やかなドン・チェリーの対比も面白く、特にドン・チェリーのユーモア感覚が全体的にリラックスした雰囲気を醸し出しているのですね。選曲もメンバーそれぞれの曲をバランスよく配置し、決して富樫一人が突出したものにしていないところがいいです。とはいっても要所を押えているのは富樫曲で、ラストの「スピリチュアル・ネイチャー」がやはり一番の聴きものとなっています。これまでの活動の集大成と共に、後年のビ・バップに挑んだグループ、J.J.スピリッツの結成にもつながる重要なアルバムといえるでしょう。それにしてもこのときのメンバーの内3人が既に鬼籍に入ってしまっているとは・・・きっと彼らは天国でも素晴らしいセッションを繰り広げているのではないでしょうか。

故人のご冥福を心からお祈りいたします。