原田知世『Egg Shell』

Egg Shell

Egg Shell

野音原田知世が歌った「空から降ってきた卵色のバカンス」が収録されている95年作品。てっきり「幸せの場所」(『月面讃歌』収録の原田知世作詞曲)を歌うとばかり思っていたので、うれしい驚きでした。


このアルバムは、『ガーデン』『カコ』に続いて鈴木慶一がプロデュースをてがけたアルバムです。『ガーデン』は慶一の他に鈴木さえ子大貫妙子、直枝政太郎が作家陣に名を連ね、彼女の自作曲も採り上げられているヴァラエティに富んだアルバム。慶一がソロ・アルバム『SUZUKI白書』で得た成果を惜しげもなく注ぎ込んだサウンド・プロダクションは、正直、私にとって同時期のムーンライダーズ『A.O.R』より魅力的なものでした。これによってプロデューサー・鈴木慶一原田知世にレコーディングの魅力と可能性を伝えたのだと思います。


続くミニ・アルバム『カコ』はカヴァー・アルバム。植田正治の写真を用いたジャケットが印象的です。収録された曲は「エンド・オブ・ザ・ワールド」や「青春の光と影」といった有名曲もありますが、それらに加えて、ドノヴァン「エレクトリック・ムーン」なんて曲も選ばれているのが慶一らしい。彼女が従来持っていたヨーロッパ的なイメージが表面上は保たれているように見えますが、シタールエスニックなビートを電子音が包んだアレンジが秀逸な「エンド・オブ・ザ・ワールド」に顕著なように、慶一はこの作品でより広い音楽の世界に彼女を連れ出しているのです。


そして本作は前2作での成果を凝縮した、2人のコラボレーションの頂点といっていい傑作となりました。限りなくムーンライダーズに近い世界が展開されていて、収録曲のタイトルを見ても「月が横切る十三夜」「野営(1912からずっと)」「のっぽのジャスティス・ちびのギルティ」など、「どう見てもムーンライダーズのアルバムです。ありがとうございました」と言いたくなるようなものばかり。初聴こそ地味に感じましたが、後からじわじわと良さがしみてくるところもそっくりです。原田知世の繊細なヴォーカルが彼女独自の世界をしっかりと築いているのですね。これはここに至るまでの積み重ねの賜物。彼女が慶一の世界をしっかりと受け止められるようになったからこそ成功した作品だといえるでしょう。もし『ガーデン』が同様の手法で制作されていたら、オーヴァー・プロデュースに感じられたかもしれません。


egg shell=卵の殻の中で鈴木慶一原田知世が育んだ内省的な世界。殻はやがて破られ、新たな生命が外にはばたいていくでしょう。はたしてこの作品の後、原田知世トーレ・ヨハンソンのプロデュースの下、ヒット・アルバムを連発させミュージシャンとしての評価・知名度を高めていきます。しかし、その飛翔もこれらの一連の作品あってこそと思います。 ムーンライダーズのファン以外にはあまり注目されていないアルバムのように見受けられますが、ぜひもっと多くの人に聴いてもらいたい音楽です。