ムーンライダーズ『Dire morons TRIBUNE』

Dire morons TRIBUNE

Dire morons TRIBUNE

ムーンライダーズというバンドの性格を、僕なりの言葉で表すとするなら、オプティミズムの決定的な欠如と、それと奇妙に共存するロマンチシズム、そして甘やかな終末論ということになるだろうか。つまり彼らは「おわり」と「最悪」とに憑かれている。
佐々木敦著「SOFT&HARD」より

これは『アマチュア・アカデミー~20th Anniversary Edition~』についての文章の中の一節ですが、まさしくムーンライダーズの本質のひとつを鋭く射抜いている言葉ではないでしょうか。そして、まるでこのアルバムについて語っているかのようにも思えます。「ノー・コンセプト」で制作されたという本作は、それだけにかえって彼らの本質が色濃く浮かび上がったアルバムとなりました。練り上げて洗練させることをあえて放棄したかのような楽曲とサウンドの手触りが独特の生生しさを持って迫ってきます。カオティックな空間の中、絶望と諦念が時に哄笑の形を、時に怒りの形をとってうずまいて得体の知れないパワーを放射しているのです。


出だしこそ妙に馬鹿陽気に始まリますが、気を許すとすぐ「何も言わず生きてみようか  何も問わず死んでみようか」*1と詰め寄ってくるので油断がなりません。雨は天罰として降り注ぎ*2、死に往く者が声を荒げて叫ぶような見るに耐えない終わりの風景をただ見とどけるばかり*3。もう何も見えなくてもいいし、聴こえなくてもいいから静かに眠りたい*4とつぶやきたくなるくらいにこのアルバムには「終わり」と「最悪」の光景がはびこっているのです。ムーンライダーズの中ではこの光景をあまり共有していないと思われる白井良明でさえ、この事態を前に「この星もソロソロかぁ〜」*5と歌わずにはいられません。


そして「Lover's Chronicles」でこの光景はピークを迎えます。私小説的な描写がリアルに響いてくる、あまりにも悲痛なトーチ・ソング。

人間は動物だから戦場に行きたくなる
もっと強い痛みを シャワーのように
ボクは 今日から 影になる この下り坂を往けば
君を想って
(「Lover's Chronicles」)

ここに至って、これまで辛うじて語り手として「終わり」と「最悪」の光景を描写していた主体が、自らこの光景の中に入り込んでいます。ここまで来たらもはや「死」しかない。普通ならここで幕を閉じてもおかしくないでしょう。しかし、なんとまだこの先があるのがこのアルバムのすごいところ。続く「棺の中で」では主体が消えた後の世界が歌われているのです。実際はなんとかまだ生きてるのですが、主体はまさに「棺」にいるので、もはや歌われる光景に彼の姿はありません。

待ってばかりだった 日没を
庭に埋めてくれよ
夏になれば ぼくの代わりに
ヒマワリが咲くだろう
(「棺の中で」)

やりすぎじゃないか、とも思えますが、ここまでやってこそのライダーズです。かつて「21世紀のことわからない」*6と呟いていた彼らが21世紀の初めに出す作品としてこれ以上ふさわしいものはなかったといえるでしょう。ムーンライダーズにしか表すことの出来ない光景をたっぷりとみせつけるこのアルバムは、私にとって実に『最後の晩餐』以来の会心作なのです。

*1:「Morons Land」より

*2:「天罰の雨」より

*3:「今日もトラブルが・・・」より

*4:「俺はそんなに馬鹿じゃない」より

*5:「静岡」より

*6:「夢が見れる機械がほしい」より