山下和仁「ヘイ・ジュード◎イエスタデイ」(ASIN:B00005EVJF)

山下ビートルズ


山下和仁は日本を代表する名クラシックギタリスト。日本のクラシック・ギター界は、人気の村治佳織*1を初め、その師匠の福田進一、若手の木村大、大萩康司など傍目にもずいぶん活況を呈しているように思われますが、この人はやはり特別の位置にいるように思えます。


彼の経歴をざっと記しておくと、1961年生まれ。16歳の時にラミレス、アレッサンドリア国際、パリ国際の世界3大ギターコンクールに、いずれも最年少で優勝し注目を集めました。以後積極的に活動を続けていくわけですが、レコードでは81年の「展覧会の絵」のオリジナル編曲演奏盤が特に有名でしょう。私が彼の演奏を初めて聴いたのもこれ。FMの番組でかかったのですが、当時の私には人間離れしているように思えたものです。その後も従来のギター・レパートリーはもちろん、バッハの無伴奏チェロ組曲ストラヴィンスキー火の鳥」など編曲ものも数多く手がけています。特殊奏法等を駆使して原曲のサウンドを可能な限りギターで表現しようとする意欲がどれにもみなぎっています。


今回とりあげたのは、そんな山下が初めて手がけたビートルズです。クラシック・ギタリストがビートルズをとりあげること自体は特に珍しいことではなくて、例えばギターの響きを愛したことで知られる武満徹によるアレンジの「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」や「ミッシェル」等は武満の繊細な感覚が原曲と上手くマッチングした好編曲で多くのギタリストにとりあげられていますが、山下のアプローチはそれらとは全く異なるものです。まずボリュームが違う。いきなり2枚組36曲収録です。超有名曲はもちろん、「蜜の味」や「恋におちたら」、「ユア・マザー・シュッド・ノウ」などなかなか渋い曲まで幅広く取り上げています。アレンジは全て山下自身。先に書いた「特殊奏法等を駆使して原曲のサウンドを可能な限りギターで表現しようとする意欲がどれにもみなぎっています」という言葉はここでも当てはまります。すなわち<ビートルズの曲をギター向けに>アレンジしたのではなく、<ビートルズサウンドをどこまでギター1本で表現できるか>に力点の置かれたアレンジなのです。このアプローチが目覚しく成功しているのもあれば、ちょっと苦しいかもと思わせるのもあり、Amazonのリンク先にあるCDジャーナルからのレビューに「スローな編曲の方が無理なく楽しめる」とあるのもわからないではありません。しかし、その無理している部分がスリリングでもあるわけで、「オール・マイ・ラヴィング」でのジョンのカッティングやポールのベース・ラインの再現ぐらいはこのギタリストにとっては無理のうちには入らないかも知れませんが、初めて聴いた時は「よくここまでやるなあ」と感心しましたし(私がギターの演奏に全くの素人であることもあるでしょうね)、「イエロー・サブマリン」原曲のSE部分をギターのボディを叩いたり、高音部の弦をかき鳴らしたりして表現しているのには、笑いつつも敬服した次第です。いや、結構オリジナルに迫っていてびっくりしますよ。個人的にベストはスピード感ある「レディ・マドンナ」かな。どの曲にも山下が熱心にビートルズを聴きこんだ後がうかがえて、ポップスファンが聴いても充分楽しめるものになっていますよ。山下和仁入門としても最適ではないでしょうか。

*1:最近写真集を出したのには驚きました