あがた森魚「佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど」(ASIN:B00005R0WL)

いわゆる「歌唱力」とは違う、独自の世界観をまっすぐ伝える「うたぢから」とでもいうべきものがあがた森魚のヴォーカルには宿っています。初期の「乙女の儚夢」に始まり、テクノ・ポップのヴァージンVS、タンゴに挑んだ「バンドネオンジャガー」シリーズ、ワールド・ミュージックへ接近した雷蔵など、時代に応じてサウンドは変化しつづけましたが、あがたの声はいつでもバックに溶け込むことなく屹立していました。目下のところ最新のオリジナル・アルバムである本作は、久保田真琴鈴木惣一朗による、声と対峙するのではなく、盛り立てるようなアレンジにより、あがたの「うたぢから」がこれまで以上にはっきりと伝わってくる快作となりました。アルバムの前半はあがたの個人史が歌われます。なんといっても冒頭のタイトル曲。小学校の先生の思い出と、70年代の名作「日本少年」制作時の思い出が交差する名曲です。こんな個人的な曲にここまで心うたれるのはなぜでしょうか。そして後半は地球から太陽系、宇宙まで広がる巨視的な世界観を持った曲が続きます。そんな中置かれた「風立ちぬ」のカヴァーが絶品。まさに熱唱とよぶに相応しいあがたの歌により、この松田聖子ナンバーが新たな相貌でスケール大きく生まれ変わっているのです。このアルバムは一見地味なようですが、ミクロコスモスからマクロコスモスまで自在に往還する宇宙論的作品。そして、その宇宙のロゴスはいみじくもアルバム中間に位置する曲により語られているのです。すなわち「はじめに歌ありて」。