松浦寿輝「松浦寿輝詩集」(思潮社:詩・生成シリーズ)

山下スキルさんの素敵なサイトFLIP SIDE of the moonでの新企画「My Favorite Things 100」がとても面白い。参加者の好きなもの、事柄を100個ならべてあるだけなのだけど、突然はげしく共感できることが挙げられていたり、日頃ROMしているサイトの方のリストに、その文章だけではうかがい知れなかった新たな一面を知ることができるような発見があったりして興味が尽きません。なにより皆楽しそう。そのうち自分も参加しようかな、と思っています*1


この企画を知ったとき最初に思い出したのが、1985年に発売された、この「松浦寿輝詩集」でした。今は芥川賞作家として小説や評論活動の方が主になっているように見える著者の初期の詩を再編成したものですが、その背表紙には、プロフィールのように著者の名前、生まれ、職業が淡淡と続いた後、「以下のものを好む」としてMy Favorite Things リストが書かれているのです。「眠ること。スパイ小説。桜。菖蒲。地図。ヴェネツィア。・・・」で始まるそのリストは「年ごとのとある肌寒い秋の空、初めて袖を通すセーターのぬくもり」や「ナボコフの自伝*2。E・Hシェパードの挿絵。猫。根津。谷中。」などを経て「神の玩具。川。橋。雨。光。」で締めくくられます。こうして読み返してみると、後の美しいエッセイ「青天有月」でたっぷりと語られることになる「光」は、もうここで登場してたということに今更ながら気づいたりするのですが、それはともかく、こうしたリストを作成していく作業はおそらく著者にとっても快楽だったと思います(そうでなかったらわざわざ列挙しないでしょう)。しかし、その列挙の後に続く以下の文章からは、その先を目指す姿勢が語られているのです。

・・・肉体とはこうしたものだ。それは本書の中味とどれほどの関わりを持っているのだろうか。肉体は生の内側にあり、その嗜好を数えあげる言葉は文化の内側にある。文化とは登録された名前の体系であり、この肉体もまた一つの固有名詞によって同一性を保証された個人の肉体にすぎないからだ。『松浦寿輝詩集』の本文をなす言葉は、多分、敷居*3を越え、外へ出たいと望んでいる

この言葉の望みが叶えられているかは、読者それぞれが実際に接して確かめるしかないでしょうが、個人的には例えば「一人称の物語はここで終わる」と始まる一遍「物語」の最後に、ゼンマイがはじけたように唐突に繰り出される「あなたを愛しています あなたを愛しています あなたを愛しています あなたを」の部分に「外」への欲望を感じます。初めてこの一遍に触れた時の新鮮な驚きが忘れられず、いまだに折りに触れ読み返す詩集です。もっとも、快楽だけではなく「あまりにもやすやすと唇にのぼりうる言葉で、今日もまた一日を生きのびるのか」(「遅刻」最終行)という言葉に痛みを受けることもあるのですが・・・。


2)今読みかけの本

*1:いつになるのか未定です

*2:これは素晴らしいです。瑞々しい自伝文学の傑作。ナボコフを「ロリータ」の作者ということで偏見を持っている人にぜひ読んでもらいたい

*3:原文はひと文字の漢字なのですが、変換できませんでした