ムーンライダーズ「青空百景」

80年代のムーンライダーズは出すアルバムの全てが傑作で、またそれは「バンド」の可能性の追求の歴史でもありました。その歩みの中で生み出されたこのアルバムは、ライダーズのアルバムの中でも最もキュートでPOPな印象を残す作品です。
『マニア・マニエラ』の発売中止を決めた後すぐ制作を開始したというこのアルバム。当時の彼等がいかに勢いがあったのかは、結成20周年を記念して出された『DAMN,MOONRIDERS』の未発表曲を集めたディスクに、このアルバム収録曲のデモが最も多く取り上げられていたことからも窺えると思います。
デモを聴くとかなり当時全盛だったニュー・ウェーヴの影響が色濃く、また「くれない埠頭」も1stデモではアップテンポだったりと、彼等の高揚ぶりがはっきりと伝わってきますが、完成品としての『青空百景』は勢いはそのままに、よりまろやかさと遊び心が加わったものになりました。


見逃せないのはコンポーザーとしての白井良明の躍進で、彼の曲である「青空のマリー」「トンピクレンッ子」がアルバム・タイトルに「青空」の言葉をもたらしたといっていいでしょう。日差しが強ければ影もまた濃い。鈴木慶一がここでは影の役割で、「君に伝えたい ぼくがここに居るってことを」*1、「夏の階段にうずくまるのはもうヤダヨ」*2と、白井作品とのコントラストを際立たせています。岡田徹かしぶち哲郎もそれぞれ佳曲を提供していますが、やはり白井に次いでこのアルバムの印象を決定づけているのは、「くれない埠頭」をものした鈴木博文です。そもそも「8月の最後の日は絶対このアルバムについて書く」とこの日記を立ち上げたときから思っていたのですが、それもひとえに「くれない埠頭」があるからなのです(単純)。


夏が終わりに近づくと自然と冒頭に引用した一節を口ずさんでしまうのですが(そして密かに、残ったものだらけだよなあ、と溜息をつくのですが)、博文の特徴が良く出ているのは出だしの
「ふきっさらしの 夕陽のドッグに
海はつながれて 風をみている」
の部分特に「海はつながれて」の一節でしょう。平易な言葉を選びながら、さりげなく海を擬人化することでただの風景描写ではない独自の抒情を与えるレトリックが見事です。
ライブでは博文のソロとして歌われることが多いこの曲ですが、ここではメンバー全員のユニゾンが中心。まだムーンライダーズに慣れてないころは、いつハモるかと思ってたら、ひたすらユニゾンで通していることに驚きました。この謎のボーイスカウトのようなユニゾンもライダーズ・サウンドの重要な要素であることにはすぐ気づいたのですが。


さて、今年も海に行けなかった私はもういちどこの曲を聴いて過行かんとする夏に思いをはせ、そしてお風呂に入って腕立て伏せでもすることにいたしましょう。

*1:「僕はスーパーフライ」

*2:「物は壊れる、人は死ぬ、三つ数えて目をつぶれ」