吉田浩美「a piece of cake」

見たことないのにどこかなつかしく感じる書物や物をつくり、それにおだやかなユーモアのある物語をそえた一風変わった本を出し続けてきたクラフト・エヴィング商會。書店によって置いてあるコーナーがちがっていて、小説の棚にあるかと思えばアート・ブックのコーナーに写真集と一緒に並んでいたり、はたまた女性向けのエッセイのところにあったりもします。忘れたころに出てくる新作をふと見つけて手にとるのは、彼等の本に出会って以来の、ささやかな喜びですね。
さて、今回取り上げるのは吉田浩美吉田篤弘によるこのユニットの一人、吉田浩美が出した本です。吉田浩美クラフト・エヴィング商會三代目店主ということになっているのですが、その店主がつくった12冊のちいさな本をひとつにまとめたものという設定です。
架空の書物集といえば、クラフト・エヴィング商會として出した「らくだこぶ書房21世紀古書目録」があるのですが、ボルヘスみたいに架空の書物の断片だけをならべた「らくだこぶ・・・」に対して、こちらは全編掲載。タイトル通り、読者はケーキのひときれをつまむように好きなところから読んでかまわないようになっています。
様々な書体のアルファベットの「a」だけを集めた本、8小節からなるバイエルの練習曲の楽譜を1小節1頁にして仕立てた本、夜中につくるパンのレシピなど、ささやかな味わいを持った本が読者の心を和ませていきますよ。ちょっととぼけたユーモアも健在で、「誤字標本箱」という章から引用すると、

空  漢字の「空」である。正しくは「初」で、「彼女は初々しかった」というところが「彼女は空々しかった」になってしまった。
このひと文字の違いだけで、美しいラブシーンが台無しになってしまうところだった

・・・といった具合。
ちょっと空いた時間ができたとき、気軽に読みたい美しい本です。

(追記)彼等のインタビュー記事がありました。彼等のこれまでの歩みや、これからについてたっぷり語られています。ぜひご覧下さい。
http://media.excite.co.jp/book/interview/200303/